--- Nostalgia ---

 

 

木々が競り合うようにして立つ林の中で、新しくガードになったばかりの「新入り」は、自分達の種族以外から、
初めて「仲間」にしてもらえたことが嬉しくて、浮かれるようにしてピョコピョコ跳ね回っている。
そのすぐ隣を歩いていた、彼女の従姉に当たる召喚士は、その彼女のはしゃぎっぷりを目を細めて眺めていた。
彼女もまた両親以外の肉親の存在に、喜びを隠せない。

一度目が合えば、えへへ、と照れくさそうに笑い合う。

 

そんな穏やかな情景から、少し離れた先頭集団は険悪なムードが漂いっぱなしだった。
並んで歩く2人の男は、どちらかが先に前に出ると、抜かれたもう1人が意地になって抜き返す。
後方の集団と距離があくと、歩調を緩めて追いつくのを待ち、また抜かれ抜きつつのチェイスを繰り返す。

一度目が合えば、殺伐とした雰囲気がたち込め、あたりは一瞬にして寒くなる。

 

そんな情景をリュックは不思議そうに後ろから眺めながら、思ったことを口にする。

 

「2人とも仲悪そうだよね、いつもあんな感じ?」

「うん、あんな感じ」

 

くすくすと笑いながら、リュックの質問にユウナが答える。

 

 

 

それは幻光河からグアドサラムへの道程の途中。
戦闘中の挑発にも似たような、アーロンのティーダへの剣技指導。
自分のやり方でやらせてくれないその指南に、ティーダのストレスは溜まる一方だった。

意地を張って、硬い敵に手を出し、痛い目を見たのはついさっきの事。

敵のあまりの硬さに、腕を痺らせ、剣を手からこぼしてしまった。
痛みや痺れにいつまでも立ち竦んでいられるような悠長な時間などない。

 

痺れた腕を伸ばして剣に手を伸ばした瞬間、硬い魔物はアーロンの斬撃で散った。

呆然とした表情のティーダに一言。

 

「素人は引っ込んでいろ」

 

いくらそれが的を得た答えだったとしても、納得のいく言葉ではない。
素人だとわかってはいても、やはりそう思われ、守られるのが嫌で、やはりムキになる。
痺れた腕をそのままに、剣を取り、ウルフ系の素早い敵に対して、素早い動きで対処する。
的確に捉え、食らわせた斬撃で幻光虫が散る。

素早い動きの敵には弱いアーロンに向かって、ティーダは不敵に笑い、一言。

 

「のろま」

 

 

 

 

 

よく考えてみれば、ティーダの調子に乗った挑発に乗るアーロンも実際は大人気ないとは思う。
相手は自分よりも一回りほど年齢が下の、まだまだ彼にしては「子供」であるティーダに対して、
抜きつ抜かれつのチェイスを飽きずに繰り返しているのだ。

ここまでくると負けず嫌いであることに無理矢理にでも納得せざるを得ない。

 

「あ、また置いてかれるよ」

 

次第に小さくなっていくティーダとアーロンを慌てて追いかけていく。
傍目からも、誰がその旅の中心に立っているのかさえ分からなくなりそうだ。

もう少し、笑顔の旅は続けていられそうだと、自然にユウナの顔が綻ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グアドサラムまでの道程が地図上で半分の所まできたところで、もう当たりは薄暗くなっていた。
本道から離れた広い、草木の少ない砂の地に火を起こす。
本日の野営地を定めた所で、暖を取り、話に花を咲かせているユウナとリュックのすぐ後で、とうとうティーダがキレた。

 

「いい加減にしろっての!!」

 

突然の彼の怒声に、ユウナとリュックは同時に身を竦ませ、ルールーは冷めた目で彼を見る。
ワッカは薪をくべながらティーダの様子を眺め、キマリは人知れず辺りの様子を探っている。
アーロンはティーダの怒声を背中に受けながら、猪口に酒を汲んで暖を取っている。

ティーダの怒声が自分に向けられているのを分かっていて、それでいて振り返ったりも立ち上がったりもしない。

 

「ど、どうしたのさ……?」

 

事情を知らないリュックはただ戸惑って、おろおろする。
ルールーがそんな彼女の肩を抱き、首を横に振った。
リュックはユウナにも視線を向けたが、ユウナもまたティーダをじっと見上げているだけだった。

静まり返ったその場所には、くべた薪が火によって乾いて弾ける音と、夜行性の虫たちが羽を擦り合わせ、奏でる恋の歌だけ。

 

「こんなよくわかんねえ世界に引きずり込んどいて、偉そうに説教垂れてさ!
俺がスピラのことをよく知らねえからって、わざわざ遠巻きに馬鹿にするみたいな態度とりやがって!
……何が「お前の物語」だ、こんな苦労する為に俺の物語はあんのか!?」

 

言いたいことを最後まで吐き出したのか、ティーダは大きく息を切らせて、ただアーロンの背中をにらみつけている。
アーロンは相変わらずで、何杯目になったか分からない、猪口の酒をぐい、と飲み干す。

 

「聞いてんのかよ……なぁっ!?」

 

とうとうティーダの腕がアーロンの肩を掴み、引いた。
引かれた手に掴まれていた徳利はアーロンの手から離れて、無残にも砂の上に転がる。
蓋をしていない徳利からはどんどんと酒が零れていき、ワッカは勿体無さそうな表情を浮かべ、転がる徳利を眺めている。

 

「では聞こう。
お前はいつになったら、この現状を飲み込むことができる?
後何人死ねば、お前はスピラを救おうという気持ちになれる?」

「スピラを救うとか、救わないとかっ……そんなの俺には関係ないだろ!?
俺はただザナルカンドでブリッツをしてただけなんだ、それをあんたが無理矢理こんな場所に連れてきた!
俺はザナルカンドの人間なんだ、スピラなんて知ったこっちゃない、
スピラがどうなろうが、あんたがどうなろうが俺にとっちゃどうでもいいんだよ!関係ねえんだよっ!」

「言いたいことはそれだけか」

「……!」

 

大きく息を吐き、酒を飲むという楽しみを邪魔され、壊されて、アーロンはかなり不機嫌になっている。
のっそり立ち上がるとすぐ後で仁王立ちになっているティーダをにらみつける。
ティーダもまた、強くアーロンを見据え、一歩も引こうとはしない。

 

「一言目、二言目には自分のことばかり……いい加減にして欲しいものだな。
今のままではジェクトを越えることなど到底不可能。
ぬるま湯の世界でちやほやされているのがお前には似合っているのかも知れん。
井の中にいる蛙のように……狭い世界でどんぐりの丈比べをしている方が、お前には似合うのだろうな」

「バカにしやがって!」

 

ティーダはとっさに地面の砂を掴んでアーロンに投げつけた。
その一連の動作はとても子供っぽさを思わせる。

 

「……」

「……っ!」

 

そのまま彼は踵を返し、暗い森の中へと姿を消した。

 

「放っておけ」

 

後を追おうとしたユウナを、アーロンが静止する。
ユウナはアーロンとティーダの去っていった方向とを交互に見やったが、頭を振り、アーロンに一礼してティーダの後を追っていった。

 

「ユウナん!?」

「……今のままじゃ何も変わらん……泣き叫んで、苦しんで、悩み倒さなくては。
でなければ、あいつはいつまでも子供のままだ」

 

アーロンはぽつりとそう呟くと、転がって空になってしまった徳利を拾い上げ、コルクをその口に押し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は今まで歩いてきた旅程を引き返すように、幻光河の方向へ向いて走っていった。
追いかけたユウナは途中で彼を見失い、しんと静まり返った夜更けの森をきょろきょろと見渡す。

風は僅かに凪ぐだけで、空にぽっかりと浮かんだ月は冷たい光を地上に投げかけるだけ。
青白い光の地面の上に伸びた影は昼間に見るものとは違い、ほんの少しの不気味さを漂わせる。
マイナス級の明るい星さえも消えかかってしまうほど、今夜は明るかった。

 

闇の中でずず、と鼻をすする音が聞こえる。

そこから彼を見つけるのは簡単だった。
少し本道から離れた、たくさんの木々が生い茂る、その木々の根元でティーダは身体を小さくして座り込んでいる。

 

「……ティーダ?」

 

彼は返事をしない。
ユウナは恐る恐る近寄り、もう一度だけ彼を呼んでみた。

 

「……んなよ」

「え?」

「来んなよ、ほっといてくれよ……」

 

すねたような、少しだけ鼻声になってしまっている彼にそう言われてしまい、ユウナは戻るにも戻れず、
また彼に近づけもせずに中途半端にその場に留まった。

困ったようにその場で動けなくなってしまったユウナを横目で見ながら、ティーダは目元を強く擦った。
そして、心配して追ってきてくれた彼女に放った言葉に対して、自分が嫌になる。
どうしてこう、人の好意を踏みにじるような、嫌な態度をとってしまうのだと。
アーロンに対して取った子供っぽい行動が恥ずかしくて、逃げ出して泣いてる自分の姿を見られたくなくて。

ティーダは幾度か横目でユウナがその場所にいるかどうかを確認している。
まだ、困ったような表情のままで振り返ったりしながら、その場から動けないままだった。

放っておいて欲しいと思う反面、見捨てないでいて欲しいと思う。
そして見捨てないでいて欲しいと思いつつ、1人にして欲しいと願う。
自分の気持ちの我侭に、やはり自分が嫌になりそうになる。
けれど、そうでもしてもらわないと、気持ちの整理も付かず、仲間の元にも戻れないような気がする。

ティーダは大きく深呼吸した。
散々泣いたからか、心の奥にあったもやもやは幾分かすっきりし、落ち着いて物事を考えられるようにはなっている。

 

「……ユウナ」

「あ、はい!?」

「先、戻っといて」

「でも」

「俺も後から戻るから」

「……」

 

ユウナは複雑な表情を浮かべたまま、じっとティーダを見つめた。
ティーダは茂みの中で相変わらず後ろを向いたまま。

 

「大丈夫だよ」

「……本当?」

「あぁ……俺だって、自分がこのままじゃいけないって事くらい分かってるつもりだから。
アーロンには後でちゃんと謝るし……。
心配かけてごめんな、ホント大丈夫だから」

「わかった、待ってるからね」

「……」

 

背後にあったはずのユウナの気配がなくなったことを確認し、もう一度後ろを振り返った。
そこに確かにユウナの姿はなく、草木が風に揺らされているだけ。
ティーダは少し落ち着いた気持ちを整頓すべく、空を見上げる。

空は何も答えてはくれない。
どんなに愚痴を叩き込んでも、ののしっても、何も答えない。
その無限大の世界にとっては何てことはないのだろう。

段々バカらしくなってくる。

 

ティーダは今夜何度目かの溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユウナん!」

 

キャンプから1人戻ってきたユウナに、ガードの面々は皆安堵の溜息を吐いた。
リュックがいち早くユウナの姿を見つけ、駆け寄っていく。
ユウナはリュックの問いかけに黙って首を振り、アーロンを見た。

アーロンは延々と燃え盛る薪の炎を飽きることなく眺め続けていた。

 

「アーロンさん」

「ユウナ、お前も自分の立場をしっかりとわきまえて行動しろ。
お前は「召喚士」だ、お前に何かあった時、俺たちガードは何を問われても立つ瀬がない」

「……すいません」

「……奴は」

「大丈夫です、ちゃんと戻ってきます」

 

ユウナがアーロンのすぐ隣に腰掛ける。
正面で燃え盛る炎は、様々に形を変えて揺れている。
次にどんな形になるか、という想像はできない、そんな暇さえもないままに瞬時にその姿を変えてしまうのだから。

 

「……奴に同情するか?」

 

不意に声を掛けられ、ユウナは思わずアーロンを見た。
彼は炎をじっと見つめたまま。
サングラスに炎の揺らめきが映っているのをユウナは見た。

 

「知らない世界に放り出されて、結局は嫌いな奴の後を付いて来なくてはならない。
そうでもなければ、生きて行けない。
泣きながら助けを待つものの、自分から手を伸ばしてもどうにかしてくれるものもおらず、
応答のない呼びかけをずっと繰り返し続けている」

「……」

「想像できんだろうな」

 

しんと静まり返った野営地には、薪がはじける音と虫が奏でる恋の歌だけ。
ワッカが炎の渦に薪を放り込むと、勢いよくそれは燃え上がり、水分を失い、炭へと変化する。

 

「ザナルカンドは……どんな世界ですか」

「……」

「ティーダがいた世界は、どんな世界なんですか」

「欲が途絶えることのない、人の心が見当たらない、偶像の世界、だな」

 

アーロンが得意とする遠回しの言い方だ。
彼のその遠回しにガードの全員が首をかしげ、その世界を想像する。

 

「喉が渇けばすぐに飲み物が用意され、腹が減ればすぐに食べ物が用意される。
金を溜めて女は着飾り、男を誘惑し、男から金を巻き上げる。
男は金を女を手に入れる為に、女の為に金を積み、代わりに自分の欲を満たす。
女が欲しければ金さえ積めばすぐ手に入る――――スピラでは想像できん、ある意味理想郷だ」

「シンはいないんだ?」

「あぁ、時折街の中に魔物が迷い込んでくるくらいだな、人々は異型の動物ぐらいしか考えていない」

「平和なんですね」

「平和すぎる場所だ」

 

そんな場所で生まれ育てば、何もないスピラは退屈で仕方のない世界だと感じているのでは。
ユウナは背中を向けて一人で泣いていたティーダを思い出していた。
郷愁を覚えた一人ぼっちの青年。

 

「……同情するか?」

 

アーロンがもう一度ユウナに問いかけた。
それがどんな意味を含んだものなのかは分からない。
けれど、正直に言ってしまえばアーロンの言うとおり、同情でしか見てやれないだろう。

 

「私がザナルカンドに迷い込んでしまったら、同じ気持ちになるかもしれません」

「そうか」

「でも」

 

アーロンがようやくユウナを見た。
ユウナは燃え盛る炎をじっと眺めたまま。

 

「ティーダがスピラを少しでも好きになってくれたらいいなって。
確かにこの世界はシンがいて、いつでも誰かが死んでしまったりするし、
彼の世界に比べたら凄く不便だと思うし、その、女の人…を買う、とかできないけど」

「奴はルカでそういう店を探していたようだったな」

「えっ、マジで!?」

「なくて落胆していた」

 

おかしそうに笑うアーロンにつられてリュックも笑い、それにつられた他のガードも笑う。

 

「アイツは根っからの寂しがりやでな、そういう行動も寂しさを紛らわせる行為の一つだったんだ」

「寂しい、のかな」

「多分」

「さあ、夜も更けてきた頃だし、そろそろ寝ましょう。
明日も早いんだから」

 

ルールーの呼びかけに、それぞれに宛がわれた毛布を抱えて全員がそれぞれの寝床へと行く。

 

 

 

影が1つ、キャンプへとやって来た。
ユウナがいち早くそれに気付いて、腕に毛布を抱えたまま影の方へと走り寄って行った。
そのやり取りをリュックは遠巻きに眺めつつ、口元を歪めた。

 

「何、笑ってんだよ、気持ち悪ぃ」

 

ワッカがそれを見て彼女の頭を小突く。
リュックは歪んだ表情のままでワッカを見、ルールーを見、2人の腕を引いて寝床へ向かう。

 

 

 

 

 

「お帰り」

「あ、うん……」

 

ユウナは毛布を彼に渡し、それだけ言って踵を返す。

 

「ユウナ、ありがとう」

 

ティーダの照れくさそうな呼びかけに、ユウナは振り返って笑顔で返事する。
その表情に、少し気持ちがぐらつきそうになった彼を、アーロンの声が上手く引き止める。

 

「今夜の見張りはお前が1人でしろ」

「はいはい」

「間違っても夜這いなんかするなよ」

「しねえよっ!!」

「……我慢は辛いだろうが、通り過ぎてしまえば楽なもんだ」

「……」

「いつかお前をザナルカンドへ連れて帰ってやる」

「……あんたの約束なんて信用できねぇっつーの」

 

黙って寝床へ入るアーロンに、ティーダは小さく呟いた。

 

「ごめんな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから、何でそこまで俺がしなきゃなんねーんだっつーの!」

「新入りだからな」

「リュックの方が新入りッスよ!」

「お前はそれを女にやらせるつもりか?」

「ずりー!っつーかこんな仕事男も女も関係ないっての!」

 

まもなく到着するであろうグアドサラムでの宿の手配や道具の調達。
何もかもをティーダにやらせるアーロンに、やはりティーダの不満は爆発する。

前のことを反省したのかしてないのか。

不満を聞き入れてもらえずにぶつぶつと不平を唱えるティーダにユウナが手伝いを申し出ると、
彼はそれをやんわりと断った。

 

「俺の仕事ッスから。
ユウナの部屋は一番良いとこにしてやるからなー」

 

なんだかんだ言いつつも、結局はそれを楽しんでやってるようにも見える。
少しずつ見える彼の進歩に、ユウナは嬉しくなった。

 

「――――キミの気持ち、いつか私が汲んであげるから……」

「何か言った?」

「何でもないっす」

 

少し頬を赤らめたユウナを、ティーダは不思議そうに眺めて、見送った。

 

 

 

もう寂しがって泣かすようなことは絶対にさせない、そう誓いながら。
ユウナのその思いがやがて現実になるのも遠くない。

 

アーロンはその様子を遠巻きに眺め、目を細めていた。

 


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星雁様から相互記念で頂きました♪有難う御座います。
ちなみに背景などはイメージに合うように同じのにしてみました。

感想
星雁様は心境とかその他もろもろ、上手く表現することや
話の動かし方とかが上手でとても好きです。
ただただ嬉しいばかりで御座います。

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